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2016.02.03

全日制50回生33組「還暦イブ」クラス会

ちょっと古い話で恐縮ですが、50回生33組クラス会を昨年10月24日新宿のイタリア料理店で開きました。
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当日はクラスカラーの黄色のものを何か一つ身に付けてくるという幹事の思いつきの「ドレスコード」に従って黄色いパーカーを息子に借りたり、ドンキで仕入れた黄色いアフロヘアのかつらを被ったりした28人が参加。乾杯や近況報告など一通りのセレモニーのあと、在学当時映研部員だった坂井一敏君が駅伝大会の8ミリフィルムをデジタル化した映像を持ち込んで、40年以上前のちょっと恥ずかしいような自分たちの姿に歓声を上げながら見入っているうち雰囲気は一挙に盛り上がり、そのままたっぷり4時間楽大いに笑い合って過ごしました。

今回は6年ぶりのクラス会で、前回終了後つぎは2年後くらいにやろうといっていたところ2011年3月に東日本大震災が発生、なんとなく落ち着かぬまま月日が過ぎてしまい、ようやく昨年集まることができました。

6年ぶりのクラス会準備のためちょうど1年前の今ごろ幹事4人が集まったのですが、そのとき湘南高校は校舎をすべて新築して我々の時代とは様相一変しているらしいと話題になって、それなら一度母校の見学会をできないものだろうかと高橋潔幹事長が発案。後日、市川誠人副校長先生と交渉させていただいたところ、学校側のご厚意により、「教室内以外はご自由にどうぞ」という嬉しい見学会が、実現の運びとなりました。

そしてクラス会当日の日中、都合のついた参加者8人が藤沢本町駅に集合して母校を見学させていただきました。このときの様子を高橋君がビデオカメラでつぶさに記録して会場に持ち帰り、駅伝大会の秘蔵映像に続いて披露されると現在の母校の姿に驚きの声が上がっていました。

そうした秘蔵映像を見ながら会がおおいに盛り上がりを見せ始めた頃合い、体育祭のバックボード(実は、優勝作品!)や修学旅行の集合写真をプリントしたTシャツやポスターをオークションにかけ、売上金を湘友会に寄付するという企画を開始。アルコールのせいか、母校の新しい校舎は卒業生の寄付金を基に県が実施したという話を映像を見ながら聞いたせいか、人前では到底着られないようなTシャツを結構な金額で落札する人が続出したのには驚かされましたが、おかげでそれほどみっともなくない額を湘友会にお預けすることになりました。

こうやって夕方6時に始まったクラス会は10時にお開きとなって千鳥足の面々は新宿西口からそれぞれ帰途についたのですが、なんとなく別れがたい幹事4人は後日反省会でもやろうと約束して解散。昨年暮れも押し詰まった12月26日銀座で再会することになり、その際幹事の反省会をやるのでよかったらどうぞとクラス全員にメールを送ったところ、うれしいことに次回幹事を含む8人が集まって「反省」もそこそこに再び深夜まで盛り上がってしまったのでした。

ところで、こういうことを申し上げるのも如何なものかとは思うのですが、筆者の目からすれば合唱コンクールで優勝したというような華々しい「実績」があるのにもかかわらず、この33組は当時からそれほど結束の固いクラスではありませんでした。その証拠に卒業後はクラス会もそれほど頻繁に開いてこなかったわけですが、還暦を目前にした今となってみると高校生のころとはまた違った雰囲気がクラス会のたびに醸し出されてきたように思われるのです。

それぞれ実社会へ出てから40年近くが経ち、ひとりひとりの個性に変化がなくとも40年の歳月が人間としての柔らかさを否応なく加えていて、それが卒業直後から頻繁とはいえないにしても何回か集まってきたクラス会の雰囲気に、ここのところ間違いなく変化をもたらしてきています。ちなみに、当日参加者の個人写真は、川口 康君の協力で「生き生きと」データ保存されています。

なぜこんなことを最後になって申し上げるのかといえば、50回生33組のクラス会に長い間参加されていない何人かの皆さんが、もし高校生のころの何かを引きずって敬遠されているのだとしたら、そのあたりのところはもしかすると少し変わってきているかもしれませんから次回は顔を出してみませんかと呼びかけたいからです。どうでしょう、18歳の高校生だったわれわれにもう孫が出来ようかという年月が経ったのですから、そろそろ。

(文責:幹事 岡田幸一郎)

(他幹事:浦壁(貝崎)初栄 滝田(斉藤)理栄子 高橋 潔)