第1回「湘南生を解体する」… コラム「湘南生解体新書 ~ エビデンスに基づく『すごさ』の検証」

コラム「湘南生解体新書 ~ エビデンスに基づく『すごさ』の検証」


【コラム執筆者】
濱中 淳子
教育社会学者、教育学博士。
東京大学高大接続研究開発センター教授を経て、
現在、早稲田大学教育・総合科学学術院教授。
専門は、教育社会学、高等教育論。

濱中氏は、近年、高校時代の学校生活の経験が、大学や後のキャリアとどのような関連を有するかに着目し、独自の切り口で意欲的な調査分析を行っております。

氏はまず、開成高校、灘高校で調査を実施し、その分析結果は、『「超」進学校 開成・灘の卒業生 ―その教育は仕事に活きるか』(ちくま新書)で見ることができます。浦和高校でも同様の調査を実施されており、いよいよ次は、初めて男女共学の進学校ということで湘南高校に着目され、昨年8~9月、昭和53年~平成24年の卒業生男女約8000名を対象に調査を実施されました。結果、寄せられた1775名の回答は「湘南高校卒業生調査の結果概要」として当HPに掲載しています

本コラムは、湘南高校のオリジナルな分析だけでなく、上記進学校との相関性や湘南高校の独自性についても比較分析されており、興味深い読み物になっています。

今回掲載するコラムは、第1回「湘南生を解体する」。
引き続き、第2回「湘南卒業生の働き方 (1)」を予定しておりますのでご期待ください。
(ご意見ご感想等は、メールまたはFAXで湘友会事務所へお願いします)


第1回「湘南生を解体する」
濱中 淳子 早稲田大学教育・総合科学学術院教授

湘南生って何者?
私がはじめて湘南高校の名前を知ったのは中学時代、まだ北陸に住んでいたときのことだった。学校の先輩に、東京近辺の高校への進学を考えていた人がいたのだ。「東京や神奈川、千葉にはね、スゴイ高校がたくさんあるの。マスコミなんかでよく取り上げられるのは私立なんだけど、日比谷高校とか湘南高校とか、公立にも有名な高校があるわよ」。先輩は、一生懸命に調べたであろう高校情報をこのように教えてくれた。

湘南高校の名前は、大学に進学してからもしばしば耳にした。「彼は湘南出身だよ」「彼女は湘南出身だから」。東京大学本郷キャンパス内での会話である。なるほど、どうやら湘南高校には、「進学実績がスゴイ」以上の意味があるらしい。湘南生とは何者なのか。長らく抱き続けてきた疑問だったが、数年前、仕事で湘南高校歴史館に立ち寄った際、その答えの一部に触れたような気がした。

2012年に開館した湘南高校歴史館には、湘南高校の歩みに関する豊富な資料が展示されている。なかでも、各業界で活躍する卒業生の名前とプロフィールを一枚一枚の葉に記して貼り付けた「湘南大樹」は圧巻だ。「あの人もこの人も湘南高校出身なのか」。眺めているだけでも、湘南生たちのパワーが伝わってくる。

湘南生とは何者なのか。この問いに対するアプローチとして、社長や政治家、研究者、スポーツ選手など著名人の姿に答えを求めることもできよう。その活躍ぶりに湘南生の結晶のようなものを見出し、特徴を語ることは難しくない。しかしながら他方でこの手の語りには、どうしてもひとつの疑問がつきまとう。「その答えにウソはない。しかしどれほど一般化できるのか。広く見渡せば、別の答えがみえてくるのではないか」。

本連載『湘南生解体新書』では、その別解なるものを追い求めてみたい。そしてそのために活用するのは、下記に概要を示す卒業生調査のデータである。

■調査対象: 1978 (昭和53) 年 3月~2012 (平成24) 年 3月に卒業した湘南生を母集団とし、ランダムサンプリングによって抽出した7,840人
■実施時期: 2018 (平成30) 年 8~9月
■有効郵送数: 7,777
■回収数: 1,775 (回収率22.8%)
■調査項目: 高校時代の状況、大学時代の状況、就業後の状況、現在の仕事のアウトプット、高校への評価 など

多くの方にご協力いただいた以上のデータを、多面的に分析していくのが本連載の目指すところだが、方法について、先に3点ほど断っておきたい。

卒業後のキャリアを軸に議論する
第一に、卒業後のキャリアから、湘南生の姿を追い求める。

湘南生の特徴をつかむとなれば、なにより湘南生たちが、高校3年間をどのように過ごすのかという「在学時代」に焦点を当てた議論を展開するのがメインストリームだといえるように思う。また、少し視点をずらして、どのような中学時代を送ってきた人が入学しているのか、といった検討を行うことも可能だろう。ただ、本連載が依って立つのは、上述のように「卒業生調査」のデータである。その特徴を最大限に活かすべく、ここでは卒業後のありようから湘南生の実像を考えてみたい。

すなわち、社長や政治家といった特定の著名人ならぬ、卒業生全般のありように湘南生の特徴をみる。これを社会との関連のなかで湘南生を語るという方法だと言い直すこともできるだろう。実態として湘南高校の卒業生たちは、どのように働いているのか。その働き方と高校時代との関連はどのように捉えられるのか。データに手掛かりを得ながら描くことにしたい。

単純化した描写を試みる
第二は、アンケート調査ならではの方法論に則った議論を行うという点である。具体的には、本連載では、湘南生を「単純化」した描写が展開されることになる。
たとえば、実際に集計されたデータだが、湘南高校卒業生の場合、9割近くの人が「仕事を楽しい」と感じており、残り1割の人は「楽しくない」と感じている。本連載ではこうした結果を「湘南高校卒業生たちは『仕事を楽しい』と感じている」とざっくりまとめながら特徴を示していくことになる。

加えて「〇〇ほど△△」といった類の議論が中心になるのも、本連載の大きな特徴だ。再び実際に得られたデータを例に説明すれば、高校時代における思想書・純文学を「よく読んでいた」と答えた湘南卒業生は全体で38.1%。ただ世代別にみると50代で51.6%、40代で40.4%、30代で26.1%、20代で24.7%。これを「若い世代ほど、高校時代、思想書や純文学を読まなくなっている」という表現で本連載は記述していきたい。

複雑な課題を複雑な手法で解こうとすると、袋小路に陥ってしまう。言いたいことも見えなくなってしまう。そのことを指摘したうえで断っておきたいのは、「湘南生の特徴」も十分に複雑な分析対象だということである。まずはアンケート調査の分析から導き出される平均や分布などを用いて単純化し、特徴を抽出する。そのうえで論点によっては、自由記述を用いて補強する。本連載ではこのような切り口で描写を進めていくことにしたい。

他の進学校出身者と比較しながら検討する
第三に、湘南生の特徴を浮き彫りにするため、適宜、他集団に実施した調査データを交えながら検討を行う。

異なる集団を合わせ鏡にすることによって得られる知見も、ある集団の特徴を理解しようとするときに有効であることは容易に想像できよう。他の集団・社会との違いという視点で、知りたい集団・社会の特徴を見直す。「比較」という手法である。

本連載でも、可能な範囲で「比較」という手法を取り入れる。活用するのは、(1) 首都圏の大学を卒業し、現在働いている男子という条件で調査会社に抽出してもらったモニターに対して実施した調査、(2) 「浦高戦」等、湘南高校とゆかりのある「埼玉県立浦和高等学校」の卒業生に実施した調査、(3) 進学校として知られる私立中高一貫校「開成高等学校 (東京都荒川区)」と「灘高等学校 (兵庫県神戸市)」の卒業生に実施した調査、の3つである。

調査項目の一部に違いがあり、対象 (卒業年) や調査実施時期等も異なっている※1。なにより、浦和、開成、灘、いずれも個性的な学校である。その点は十分に注意しなければいけないが、参照データとして比較する価値は十二分にあるはずだ。
どの部分が進学校共通の特徴であり、何が湘南特有の傾向なのか。こうした視点も加えながら、次回以降、いよいよ本論に入っていきたいと思う。

※1…ただし、いずれもここ最近 (2013~2015年) に実施した調査であり、浦和高等学校は20~50代、開成高等学校と灘高等学校は30~50代と幅広い層に実施した調査である。調査対象は、学校や同窓会などの協力を得て、ランダムサンプリングにて抽出。なお、回答数は、首都圏大卒男子1153、浦和785、開成558、灘514だった。