第3回「湘南卒業生の働き方 (2)」… コラム「湘南生解体新書」

コラム「湘南生解体新書 ~ エビデンスに基づく『すごさ』の検証」
第3回「湘南卒業生の働き方 (2)」
濱中 淳子 早稲田大学教育・総合科学学術院教授
湘南卒業生の役職分布(男子の場合)

企業に就職した人の大多数は、できれば上の地位に昇進したいと願っている。昇進のメリットは賃金や報酬が高くなるのみならず、責任のある仕事に就けるし、指導力を発揮できる立場にある。人は本来、命令されるよりも命令する立場を好むので、本人の満足度も高いであろう。しかし、昇進にもさまざまな段階がある。能力と野心のある人は、企業のトップである社長を目指すであろうが、多くの人はそれぞれの能力と自己の生き方に応じて、役員を目指すことなく、自分にふさわしい地位に昇進したいと願っている。

これは、橘木俊詔氏が編著『「昇進」の経済学――なにが「出世」を決めるのか』(1995年、連合総合生活開発研究所との共編、東洋経済新報社)の冒頭で記されている一節である。20年以上も前に刊行されたものだが、いまも同様のことがいえるだろう。もちろん、昇進に関しての考え方は、人それぞれではある。橘木氏自身も、上記に続けて「人によっては、厳しい昇進競争に参加することを好まず、勤労は生活の糧にすぎないと判断している場合も結構ある」と指摘する。ただやはり、多くの企業人にとって、昇進は大きな目標であり、重要な関心事である。では、この昇進を切り口に湘南卒業生の状況を確認すると、どのようなことが見えてくるだろうか。

図表1は、企業人として働く男子について、30代、40代、50代の別に役職分布を整理したものである。年齢を重ねるにつれて役職が上がっていく流れのなかに、湘南卒業生の特徴がいくつか見出せる。3つの観点から述べておきたい。

(図表はクリックすると拡大します)

第一に、湘南卒業生は基本的にオーソドックスなキャリアをたどっている。比較対象として載せた開成・灘卒業生の分布からは、(1)30代の時点で3人に2人が係長以上に昇進している、(2)同じく30代について、すでに1割弱の人が社長・役員・理事として働いている、(3)50代の社長・役員・理事比率も圧倒的に高く、4割弱という数値が読み取れる。他方で湘南卒業生に、そこまでの勢いや「尖がった」傾向は見られない。

とはいえ第二に、首都圏大卒男子との開きから明らかなように、その昇進ぶりはかなり順調だといえる。課長以上の役職につく40代は、首都圏大卒男子51.5%であるのに対し、湘南卒業生68.7%。部長以上の役職につく50代は、首都圏大卒男子46.0%であるのに対し、湘南卒業生67.3%。ともに2割前後の開きがある。

そして第三に、その分布は、浦和卒業生のそれと驚くほど一致している。30代、40代、50代といずれも、湘南と浦和の折れ線グラフは同じように推移し、ほぼ重なっている。

目を引くような派手さはないものの、いわば標準型ルートで順調に昇進するキャリアをたどっている――これが、浦和卒業生であり、そして湘南卒業生の特徴だといえるだろう。

年収分布はどうか

では、ここで年収に視点を移せばどうか。役職と年収は重なり合うようで必ずしもそうではないところもある。高い相関関係はあるだろうが、違った様相が浮かび上がるかもしれない。全体の分布から見ていこう。

図表2を見てもらいたい。データのばらつきを可視化するために作られた「箱ひげ図」を用いて、年収の分布状況を示したものである。箱のなかに引かれている線は「中央値」であり、各グループにおける分布の真ん中にあたる人の年収額を意味する。「箱」そのものは、中央値を中心に±25%の人が入る範囲。上下に伸びるひげの先に「最小値」と「最大値」が記されている 。そしてこれら情報をもとに各分布を比べると、開成・灘卒業生の年収分布がやや上に偏っていることがわかるだろう。開成・灘卒業生は、役職のみならず、年収に関しても有利な状況に位置づいている。

しかし、ここで更に見てもらいたいのが図表3だ。これは、全年齢のデータから作成した図表2と異なり、30代、40代、50代の別に中央値を示したグラフになる。このグラフから明らかなのは、若いうちこそ見られる開成・灘卒業生との顕著な開きが、湘南卒業生の場合、50代になって見られなくなっていることである。

比喩的に表現すれば、湘南卒業生と開成・灘卒業生とは、最終的に登りつめる山の高さにそれほど変わりはないが、頂上に着くまでの道のりが違う、と言ったところなのではないだろうか。30代、40代と登山道を着実に歩きながら、一歩一歩頂上に近づいていく湘南卒業生。他方で近道が見つかれば険しそうでもルート変更を試み、たまに駆け足をしながら頂上を目指す開成・灘卒業生。ただ、この「山登り」の様相については、関連して2点ほど追加しておきたい。

ひとつは、こうした湘南と開成・灘の違いは、就業前における知識能力の獲得のあり方にも見られるということだ。調査では、「与えられた課題を達成する力」などの知識能力をいつどのように身につけたのかについて回答してもらっているが、その分析からも上記と同様、湘南には「一歩一歩」、開成・灘卒業生には「近道」「駆け足」といったようなキーワードが浮かび上がる。回を改めて、詳しく描写したいと思う。

いまひとつは、浦和卒業生についてだ。図表3をみる限り、浦和卒業生の年収(中央値)は、湘南卒業生のそれに比べて伸びに勢いがないと言えそうだ。しかし、だからと言って、それがそのまま「湘南の方が…」ということにはならない。というのは、役職面ではほぼ「湘南=浦和」という状況だったことに加え (前掲図表2)、ここでも議論の先取りになるが、データを仔細にみると、浦和の強みは、企業 (役職) 以上に、専門職の世界で確認されることになるからである。

企業の世界と専門職の世界は違う。ただその描写に入る前に、まずはいま少し企業の世界に留まり、次回は、湘南高校を卒業した「女子」の役職と年収について、その実態を描写することにしたいと思う。


【コラム執筆者】
濱中 淳子
教育社会学者、教育学博士。
東京大学高大接続研究開発センター教授を経て、
現在、早稲田大学教育・総合科学学術院教授。
専門は、教育社会学、高等教育論。