第6回「専門職にみる浦和との違い」… コラム「湘南生解体新書」

コラム「湘南生解体新書 ~ エビデンスに基づく『すごさ』の検証」
第6回「専門職にみる浦和との違い」
濱中 淳子 早稲田大学教育・総合科学学術院教授
医師・研究者・教師の分析

本連載では、宿題がもうひとつ残っていた。詳しくは第3回の議論を振り返っていただきたいが、湘南・浦和・開成・灘の企業人分析からは、湘南・開成・灘の3つが最終的に同じような年収に達する一方で、浦和卒業生にはやや分が悪い側面が見出された。ただその議論では同時に「浦和の強みは、…専門職の世界で確認される」とも述べていた。どういうことか。第6回では、湘南と浦和の比較からこの点に踏み込むことにしたい。

議論に先立ち、専門職として働く卒業生の分布を改めて確認しておこう (以下、すべて男子のみのデータを用いた分析結果である)。

企業人とは異なる働き方をしている卒業生は、湘南も浦和も3割強。そのなかでもとくに集中している職業は「医師」「研究者」「教師」の3つである。回答者数は、【医師】湘南67人、浦和65人、【研究者】湘南53人、浦和41人、【教師】湘南34人、浦和38人。残念ながら統計的仮説検定に耐えうるほどのサンプル数ではないが注1 、それでも傾向を探ることはできる。

まず、企業人分析でも行った「年収」の面から見てみると、図表1に示す結果が得られる。医師では湘南がやや高めに分布しているものの、研究者と教師については浦和のほうが右寄りに分布していることがわかるだろう。平均を算出すれば、【医師】湘南卒(1719万円)>浦和卒(1633万円)、【研究者】湘南卒(870万円)<浦和卒(999万円)、【教師】湘南卒(621万円)<浦和卒(751万円)。研究・教育職では、いずれも130万円ほどの開きがある。

(図表はクリックすると拡大します)

図表1

裏づけとしての就業意識の高さ

専門職の年収が決まるロジックは、企業人のそれとは異なる。医師であれば、勤務医か開業医かが重要になるし、研究者や教師の場合は、勤め先が国公立か私立かといった要因の影響が大きい。「湘南卒<浦和卒」という関係があったとしても、それがそのまま浦和の強みを意味するわけではない。

しかし、それでも「浦和卒の専門職」を強調するのは、就業意識の面でもその強さを窺い知ることができたからである。

図表2を見てもらいたい。「仕事は面白い」という項目に対して「非常にあてはまる」と回答した卒業生の比率を、湘南・浦和の別、そして職業の別に示したグラフである。ここからは、やはり研究者と教師の2つにおいて、浦和の比率が高くなっていることがうかがえよう。


図表2

併せて図表3のグラフも紹介しておきたい。「自分(たち) の仕事は、社会に新たな価値を生み出すものである」という項目への回答を同じようにまとめたものだが、ここでも研究者と教師の双方において、浦和に高い比率を見ることができる。


図表3

実のところ、調査データからは、浦和卒業生の「対人関係能力」をめぐる自己評価の低さが確認されている。一般大卒男子 (首都圏の高校を卒業した大卒男子) と比べれば十分に高いのだが、湘南卒業生と比較したとき、そこには明らかな差が確認される。なるほど、だとすれば、浦和の強みは企業人の間で重視されることが多い対人関係能力関連以外の文脈に見出されるのかもしれないし、その強みこそが研究・教育職に従事する浦和卒業生の年収や就業意識を後押ししているのかもしれない。

事実、データ分析を重ねていくと、これが研究・教育職を支える浦和の強みだろうかと思われる「ファクターX」が浮かび上がってきた。以下、項目「仕事は面白い」の分析から得られた示唆を解説しよう。

強みの背景は「スムーズなキャリア」?

分析で目指したのは、次の2段階アプローチによる説明である。

(1) どのような研究者 (or 教師) が「仕事は面白い」と回答しているのか、その特徴を探索する
(2) 抽出された特徴をめぐる浦和卒研究者 (or 浦和卒教師) の有利性が認められるかを確認する

では、このアプローチでどのようなロジックが導かれたか。

まず、「仕事は面白い」という研究者の特徴を探ったところ、高校時代の勉強に大きな手掛かりがあることがわかった。つまり、勉強を通じて「やればできる」という実感が得られた研究者ほど、いまの仕事は面白いと答えている。部活動や学校行事ではなく「勉強」がポイントになっているところに研究者らしさを感じるが、そのうえで湘南と浦和の状況を比較すれば、浦和卒研究者のほうが高校時代の勉強を通じて「やればできる」と感じる経験を重ねていたことが明らかになった (図表4)。


図表4

教師はどうか。「仕事は面白い」と答えた教師の特徴を探ると、ここでも高校時代に鍵があることが見えてきた。ただ、その鍵は、研究者のように「勉強によって『やればできる』という実感が得られた」かどうかではない。大事なのは満足度であり、自分が通っていた高校の教育に「満足」していた教師ほど、いまの仕事に面白みを感じているようなのだ。そして、湘南卒教師と浦和卒教師を比べると、出身高校の教育に、より満足していたのは、浦和卒教師だったという実態も確認された (図表5)。


図表5

高校時代に勉強を通じて自信を得た卒業生が、研究者人生を歩んでいく。高校教育に満足していた卒業生が、教育に身を投じる。だからこそ研究・教育職で働く浦和卒業生は「仕事は面白い」と素直に思える。データから垣間見えたのは、こうした高校を出発点とする、いわば「スムーズなキャリア」の効果だ。なお、補足すれば、「高校時代の勉強を通じて『やればできる』と感じた」「高校教育に『満足』していた」の2つは、湘南卒と浦和卒の回答分布に有意差 (検定の結果、統計的に意味があるといってよい差) が確認できた数少ないものであった (図表6)。


図表6

伝統的進学校という共通点を持ち、長らく「浦高戦(湘南戦)」を通じて交流があった両校だが、専門職というキーワードをもって検討を加えると、以上のような相違点も指摘される。冒頭でも述べたように、サンプル数の関係から十分な検証を経たストーリーではない。その説得力は、果たしていかほどのものだっただろうか。

注1 … このコラムを含め、対象者全体 (母集団) の一部を抽出して実施した調査のデータは、分析結果の確からしさ (=偶然得られた結果とは考えにくく、対象者全体の特徴として指摘できるのものかどうか) に留意しながら参照する必要がある。その確からしさを判断するための方法が「統計的仮説検定」だ。サンプル数が多いほうが母集団の特徴を推測しやすくなるのだが (たとえば、100人の集団の特徴を、100人のうちの10人のデータで推測するのと、50人のデータで推測するのとでは、どちらが、より正確だといえるだろうか――後者である)、今回の専門職の分析は、そのサンプル数が十分ではなかったため、この点に課題を残すものになっている。


【コラム執筆者】
濱中 淳子
教育社会学者、教育学博士。
東京大学高大接続研究開発センター教授を経て、
現在、早稲田大学教育・総合科学学術院教授。
専門は、教育社会学、高等教育論。