第85回湘友会セミナー報告「暴力を受けていい人はひとりもいない」

2020年1月25日(土)、湘南高校歴史館にて、「認定NPO法人 エンパワメントかながわ」理事長として、精力的に活動されている阿部真紀さん (旧姓:坂内 55回生) を講師に迎え、「暴力を受けていい人はひとりもいない」をテーマに、第85回湘友会セミナーが開催されました。

イントロダクション

「みなさん、こんにちは! 私の名前はたったの4文字、『あ・べ・ま・き』って言います。私は先生ではありません。私のことは『まきちゃん』って呼んでください!」
こんな挨拶でこれまで約8千回以上、30万人を超える児童・生徒や保護者に対するワークショップを開催してきた阿部真紀さん、この日も午前中は茅ヶ崎市内の小学校の保護者向けの講演を終えて会場に駆けつけてくださいました。

阿部さんがアメリカ発祥のCAP (Child Assault Prevention=子どもへの暴力防止プログラム) をはじめて知ったのは、1996年、夫 (湘南高校の同期生) がアメリカでの勤務を終え、一家で帰国して横浜市内で子育て中のことだったそうです。

それから、CAPスペシャリストの資格を取得し、2004年には、仲間とともにNPO法人を立ち上げ、CAPプログラムの普及・啓発活動を始動、そして「デートDV」に対する予防教育の普及と支援体制づくりを推進し、2018年には「デートDV防止全国ネットワーク」を設立するなど、多岐に亘る取り組みを実践してこられました。
今回のセミナーでは、講師の阿部さんのこれまでの取組みや、こうした問題を他人事でなく自分事として考え、暴力の無い社会の実現に向けてどうしたら良いのか等について、お話していただきました。

1. CAP (子どもへの暴力防止) のワークショップを通じて学んだ子どもたちの力

■ CAP (Child Assault Prevention) とは
すべての子どもに、「安心して自信を持って自由に生きる権利があること」を伝え、いじめや誘拐、性暴力が向かってきたとき、子ども自身の知恵と力を使って何ができるかを考えるプログラムとして、アメリカで生まれたものです。

発達段階に応じて、未就学児童から小中学生、その保護者や教師などに向けて、ワークショップ (参加体験) 形式で、一方的な講義でなく、「対等な立場」として伝えること、子ども達が参加して気付くことを心がけて実施されています。

■ 暴力って何?どんな気持ちになるの?
小学生に向けたワークショップ、まずは冒頭のような挨拶で子ども達の緊張をほぐした後で、「暴力って何?」と子どもたちに質問すると、「殴る、蹴る」のような身体的な暴力、「死ね、バカ」「呼ばれたく無い名前で呼ばれる」など言葉の暴力、また言葉も掛けない「無視」という暴力など、次々に答えが返ってきます。

そうした「嫌な気持ち、悲しい気持ち、怖い気持ち」にされることが「暴力」として身近にある、ということに改めて気付いてもらいます。

ワークショップでは、寸劇などを通して、暴力をふるわれたり、いじめられた時には、「嫌だと思っていいんだよ。(なっちゃいけない気持ちは無い。)」「逃げてもいいんだよ。」「嫌だと言えなくても、逃げられなくても、あなたは決して悪くない。だから、誰かに話して助けてもらっていいんだよ。」ということ、「あなたはとっても大切な人」「暴力を受けずに生きていく権利がある」「どんな理由があっても暴力を受けていい人はひとりもいない」ということを繰り返し伝えていきます。

■ 決して叱るのではなく
ただ、このワークショップでは、「暴力はいけない」「いじめちゃだめだよ」など、禁止や制限のようなメッセージは発しない、子ども達が、自分の大切さを知り、相手や仲間の大切さを知り、子ども達自身の中に「暴力を受けていい人はひとりもない」という気持ちが生まれることをサポートするのが重要な役割であると、強く意識しているそうです。

■ 子ども達が教えてくれること
ワークショップが終わり、個別の相談の時や、子ども達からの感想の手紙に「気持ちを吐き出せてほっとした」「いじめられて嫌な気持ちを誰にも話せなかったけれど、CAPの人に話を聞いてもらえて良かった」「CAPの人の話を聞いて、いじめをやめようと思った」などの確かな手応えを感じられ、子ども達の笑顔に触れたとき、阿部さん達も元気をもらい、そんな子ども達の素直な気持ちに改めて教えられるということです。

2. 暴力の連鎖を断ち切るために

■ 「暴力」の構造
CAPプログラムなどの啓発活動では、「暴力」とは「強いと思いたい者が、弱いと思わせたい者へ『おまえはダメだ』というメッセージを送ること」であることを繰り返し伝えていますが、そこから「ダメだ」とされた者が「更に弱い者へと暴力をふるう」など連鎖してしまうということを認識した阿部さん達は、この「暴力の連鎖を断ち切る」ために、暴力をふるわれたり、いじめられた子ども達に、「あなたは決して悪くない」と伝え、子どもを取り巻くおとなには

(1) あなたは誰とでも対等な関係であること

(2) 「あなたは大切なひと」=人権

(3) 寄り添って気持ちを聴く=エンパワメント

(4) 人と人が繋がっていく=「助けてもらっていい」

と粘り強く説き続けています。

■ 自分は大切な存在
特に、「自分で自分を大切に思う」ことの大切さ、つまり「どうせ自分はダメだ」と思ってしまうと、被害に遭いやすしい、被害からの回復が遅くなる、さらには「どうせ自分なんてどうでもいい」と、加害に回ってしまうこともある、として「自分で自分を大切に思えて、はじめて他人を大切に思うことができる、加害をしたくないという気持ちを育てることが暴力をなくすためのメッセージだ」と伝えています。

■ 対等な関係とは
ここで、セミナーの参加者に対しても、普段のワークショップの時のように「対等で無い関係とは?」との質問が。

「上司と部下」「親と子ども」「男と女 (どっちが強いのかは別の話。ちなみに日本のジェンダーギャップ指数は先進国で最低レベルとも)」「教師と生徒」「教師と親 (学校現場では先生方は大変なストレスを抱えているそう)」「先輩と後輩 (この言葉に該当する英単語は見当たらない、とのこと)」「店員と客」など、様々なケースが挙げられました。

「先輩と後輩」の関係性や「敬語」など、ある意味日本特有の文化や風習も、「対等でない関係」を助長して暴力に繋がるのか、とも考えさせられました。

3. デートDV予防プログラムで伝えたいこと

■ 暴力には名前がある
ここで、人と人との関係によって「暴力には名前がある」ということと、その意味するところを下のように、改めて確認をしました。

(1) 仲間同士では … 「いじめ」

(2) 親から子では … 「虐待」

(3) 男女間や職場では … 「セクハラ、パワハラ」

(4) 夫婦間では … 「DV」

そして、この「暴力に名前がある」ということは、つまり、社会の問題として認識され、被害者を保護する法律が制定されてきたということ、すなわち、

(1)「いじめ」に対しては、「いじめ防止対策推進法」(2013年)

(2)「虐待」に対しては「児童虐待の防止等に関する法律」(2000年)

(3)「セクハラやパワハラ」に対しては「男女雇用機会均等法」(1985年)

(4)「DV」に対しては「DV防止法」(2001年)

など、これらの法律に基づき、自治体に相談機関が設置されるなど、被害者を保護するための体制が整備されつつある、ということも解説されました。

■ デートDVという言葉との出合い
阿部さんが「デートDV」という言葉を初めて知ったのは2003年、知り合いから紹介された「恋人間の暴力=デートDV」を啓発するという新聞記事でした。
この時、恋人間の暴力に「暴力として名前がついた」ことで、ともすると「別れ話のもつれ」や「恋人間のトラブル」などと、それまで当事者同士の問題のように捉えられてきたことが、先に記した他の暴力のように、社会の問題として認識され、対策に取り組む機会となると、心強く感じたそうです。

これで「デートDV」に対する啓発が出来る、そして「デートDV」を予防することこそが、その後の夫婦間のDVや児童虐待などの暴力への連鎖の芽を摘むことにつながる、との思いから、子ども達へのCAPプログラムに加え、10代の少年少女達に、「デートDV」を防止するプログラムを開発し普及させよう、と2004年、「エンパワメントかながわ」が立ち上げられました。

■ 高校生へのワークショップを開始
阿部さん達は、現場の先生方をはじめ教育関係者とも相談を重ねて準備を進め、翌2005年には、「デートDV予防プログラム」のワークショップを、高校生を対象にして開始しました。
全日制や定時制の高校を訪ねて、ルーズソックスを履き化粧した女子生徒達や髪の毛をワックスで固め、イヤホンで音楽を聴いている男子生徒達を前にして、「CAP」の時と同様に、ワークショップを通じて暴力やいじめ、虐待、そして性暴力について、隠したりごまかしたりせず、まっすぐに生徒達に語りかけました。

教室で「性暴力ってどんなこと?」と質問すると、すぐに「レイプ」という答えが。相手が嫌がっているのに無理やりするSEXのことは「デートDV」という暴力に他ならないと気付いてもらうとともに、SEXに限らず、相手が嫌がっているのに無理やりキスしたり体を触ったり、また嫌な言葉を掛けることも性暴力であること、男性から女性への性暴力だけでなく、その逆や同性同士でも生じることなどについても語りかけました。
こうして、「デートDV予防プログラム」を継続していく中で、阿部さん達は、様々な事例に直面していきます。

■ 「デートDV」の様々な事例への対応
ワークショップに参加した生徒達からは、「わかりやすかった」「暴力は嫌だ、駄目だと気がついた」「自分も相手も大切にしたい」と、前向きな感想が寄せられる一方で、「どこからが『デートDV』なのか判らない」「少しくらい暴力をふるわれたり嫌なことがあっても、好きだから我慢する」など、迷いや悩みの声も数多く挙がってきました。
実際に「デートDV」は、

・交際相手のLINEやメールにすぐ返信しないとキレられる。

・交際相手以外の異性と話しただけで怒られる。

・思い通りにならないと暴力をふるわれる。

・お金や品物を要求され、断るとキレられる。

・「別れたら死ぬ」と脅される。

・「交際中に撮影した画像を広める」などと脅される。

・無理やりSEXを迫られ妊娠し、そのうえ中絶もしろと言われる。

など、多くの生徒に起こっており、しかも、そうした生徒達が、「やさしくしてくれる時もあるし」「嫌われたくないし、別れたくない」「家族や友達に心配や迷惑をかけたくない」と、独りで悩みを抱え込んでいるケースが多く、何より、被害者も、そして加害者も、これらの行為が「デートDV」であると認識していない、という厳しい現実があることを目の当たりにしました。

こうした様々な事例に対して、養護教諭の先生をはじめ先生方も、貧困やひとり親など、それぞれの家庭の事情も踏まえつつ、被害者の保護や加害者への指導や処分などに大変な苦労をしており、阿部さん達も、こうした先生方とともに、生徒達に「相談してくれて有難う」「自分を責めなくていいんだよ」「どんなことがあっても暴力を受けていい人はひとりもいないんだよ」と、粘り強く相談やサポートを続けてきました。

■ 「デートDV」を防止するネットワークづくりに取り組む
「デートDV」を規制する法律は無い(DV防止法が2013年に改正され、一緒に暮らしている交際相手も適用対象とされましたが)一方で、交際経験のある人の約4割が、何らかの被害経験があるという実情を何とかしたい、阿部さん達は、こうした思いから、「デートDV予防プログラム」だけではなく、「デートDV」の実態調査・把握をはじめ、相談・支援体制や啓発のための取り組みを展開していくためのネットワーク構築に着手しました。

学校などの教育関係者をはじめ、少年非行などに対応する警察関係者、女性問題等を担当する神奈川県の担当者などに協力を呼びかけたところ、最初は「それは対応できません」と行政の縦割りの壁に阻まれることもありましたが、「デートDVは今起きている問題」と根気強く働きかけた結果、2009年に、神奈川県との5か年の協働事業の実現にこぎつけました。

そして、2011年には、全国で初めての「デートDV」に特化した電話相談「デートDV110番」を開設するとともに、「デートDV」専門相談員の人材育成のための研修制度を構築し、所定の研修を受講した専門職「ティーンズ・サポーター」を学校等に派遣して被害者および加害者の回復プログラムも展開するなどしました。
この他、高校だけでなく大学や教職員に向けたワークショップや地域での講演会活動、神奈川県内の中学生、高校生等への啓発冊子の配布などにも取り組みました。

さらに、こうした実績や経験を踏まえて、全国各地で「デートDV」の防止や被害者の支援に関わる活動をしている機関、団体、個人に広く連携を呼びかけ、2018年に「デートDV防止全国ネットワーク」の設立に至るなど、「デートDV」を防止するための活動が続けられています。

暴力を受けていい人はひとりもいない

阿部さんがCAPのプログラムと出合ってから約15年、子ども達や10代の少年少女を暴力や虐待から守るために、様々な取り組みを通じて実感したのは、暴力の連鎖を断ち切るためには、そうした被害者あるいは加害者が「出来るだけ早く信頼出来るおとなに出会い、気持ちを受け止められる体験をしたかどうか」が何より重要である、ということでした。

阿部さんは、これからも、NPOの仲間や先生方、支援者とともに、子ども達や10代の少年少女達に寄り添い、「暴力を受けていい人はひとりもいない」「あなたはとっても大切な存在」と伝えていきたい、そして、「全ての人が対等な存在であり、お互いの違いを認め合い大切に思う関係を築ける、そんな社会の実現を目指したい、社会は変えることができると信じて」との思いを述べて、セミナーを締めくくりました。

今回のセミナーを通じて、学校現場をはじめ、様々ないじめや虐待、「デートDV」などの厳しい現実を改めて認識し、私達の世代で言われていた「夫婦喧嘩は犬も食わない」「いやよ、いやよも好きなうち」などは、今の世の中では受け入れがたいことを思い知らされるとともに、普段はなかなか話題にしづらい性暴力などの問題は、決して他人事ではなく、自分や家族にとっても、身近で大切な問題であること、なにより「自分で自分を大切に思う」ことが、差別や暴力をなくすためのスタートであることに気付かされた、貴重な2時間となりました。
阿部さん、本当に有難うございました。そして、今後の益々のご活躍を心より祈念いたしております。

報告者/ 末廣 好男 (55回生)
■ 講師プロフィール 阿部 (旧姓:坂内) 真紀さん 55回生

認定NPO法人 エンパワメントかながわ理事長
NPO法人 デートDV防止全国ネットワーク事務局長
1961年生まれ。鎌倉で育ち高校時代は合唱部。
上智大学文学部卒業、臨床心理学専攻。
高校時代の同級生と結婚、夫の転勤に伴い香港やアメリカに数年間在住。
アメリカ発祥のCAP (子どもへの暴力防止) プログラムを活かした暴力防止プログラムを開発し、2004年に「エンパワメントかながわ」を設立。
CAPプログラムをはじめ幼児からおとなを対象とした、いじめや虐待、性暴力など身近な暴力をなくすための普及・啓発活動に取り組む。
2011年には「デートDV110番」を開設。
2018年、公益財団法人パブリックリソース財団の「チャンピオン・オブ・チェンジ」日本大賞ファイナリスト。
2020年12月 「エンパワメントかながわ」が神奈川県弁護士会 人権賞を受賞。
著書に「暴力を受けていい人はひとりもいない」(高文研)
HP「認定NPO法人 エンパワメントかながわ