■第113回湘友会セミナーが開催されました。
日時: 2025年 3月15日(土) 14時~16時
場所: 湘南高校歴史館スタジオ
テーマ: 大人の体育スポーツのススメ
講師: 永富 良一
東北大学産学連携機構特任教授、未来社会健康デザイン拠点長
■セミナーの講演概要
人生100年時代と呼ばれる現代において、健康寿命の延伸には、筋力の維持・向上が欠かせません。本講演では、身体活動の意義と筋力の役割について、科学的根拠と実践例に基づいて解説し、参加者と共に「体育」の本質を再確認する機会とさせていただきました。
【筋力の重要性と身体活動の意義】
筋力は、単に運動をするための能力ではありません。日常生活において、歩く、立ち上がる、階段を昇るといった基本動作を支える基盤になります。高齢になるにつれ、筋力が衰えると、転倒や骨折、さらには寝たきりや要介護状態に陥るリスクが高まります。近年注目されているサルコペニア(加齢に伴う筋肉量の減少)、フレイル(虚弱)、ロコモティブシンドローム(運動器の機能障害)は、いずれも筋力低下と密接に関係している体の状態です。
しかしこうした加齢に伴う変化の多くは脳梗塞や関節疾患などの病気によるものでない限りは「予防可能」であり、「回復可能」であるという点を理解していただきたい。さらにいえば運動(身体活動)や筋力トレーニングは、これらの疾患の予防と改善においても大きく寄与していることも知っていただきたい。
【なぜ筋力は低下するのか】
多くの方が「年を取れば筋力が落ちるのは仕方がない」と考えていますが、実際には「老化<不活動」です。すなわち、加齢よりも身体を動かさない生活習慣こそが筋力低下の主要因となっています。宇宙飛行士が無重力状態に長期間置かれることで筋力が大幅に低下するように、人間の筋肉は、負荷を与えなければ維持されません。
日常生活においても、長時間座って過ごす、移動を控える、家の中に閉じこもるといった生活が続けば、筋力は着実に減少します。特に高齢者では、このような「いたれりつくせり」の環境こそがリスク因子となります。
【筋力を増やす仕組み】
筋力を高めるには、「過負荷の原則」に基づいたトレーニングが必要です。つまり、普段使っている筋肉に対し、その出力ぎりぎりの負荷をこなすことが重要になります。ぎりぎりの負荷による筋線維に起こる微細な損傷が修復されることにより、より強く、出力が少し高くなるような適応が起こります。この現象を支えているのが筋衛星細胞(サテライト細胞)という損傷部位に集まって筋肉の再生を助ける細胞です。
ただしこのときあいにく筋肉痛が起こります。これは遅発性筋肉痛といわれ、損傷にともなう炎症反応に起因しています。しかしこの炎症こそが衛星細胞が活躍するきっかけをつくっています。したがって筋肉痛はけっして快適ではありませんが、効果的な筋トレができている証なのです。無理は禁物ですが、痛みを恐れすぎず、「壊れて強くなる」メカニズムを理解しながらトレーニングすることが大事です。
【高齢者の筋力トレーニング:つるがやプロジェクト】
2003年より私たちが当時仙台市内で高齢化率(高齢者が地域の人口に占める割合)が最も高かった仙台市鶴ヶ谷地区で行った高齢者の総合健診と追跡調査を行った「つるがやプロジェクト」では、1200名近くの70才以上の方の食事や身体活動などの生活習慣や身体機能や認知機能、精神状態など総合的に調査をさせていただき、昨年2024年まで了解をしていただいた方について追跡させていただきました。このうち2002年の体力が低かった方を対象に週1回、約5か月間の上述の原則に則った筋力トレーニング教室を行いました。参加高齢者の脚筋力、バランス能力、補助具使用率の改善が起こることが確認できました。
このように、高齢者でも筋肉は鍛えれば増強し、機能も向上することが明らかとなりました。このような結果を受けて、仙台市では高齢者が主体的に運動グループを立ち上げ、地域内で自立的な健康活動が広がっています。コロナ禍前には、市内で150以上のグループが週1回程度の活動を行い、参加していた方は6000名を超えていると伺っています。仙台市の介護予防自主グループの支援事業を通じて鶴ヶ谷地区で培ったノウハウをグループサポーターの方々への研修を通じて提供させていただいています。
【オンライン教室の実施と成果】
2021年の秋には、埼玉県上尾市からコロナ禍で高齢者の介護予防グループの活動がままならなくなり困っていると相談を受けました。丁度大学でも授業をオンラインで行わざるを得なくなったこと、体育の授業もやり方は限定されますが、実施可能であることを経験しましたので、そのノウハウを活かし上尾市と連携し、Zoomを活用した「グッドもっと健康チャンネル」を立ち上げました。高齢者向けのオンライン筋トレ教室として、週1回90分、ストレッチや筋力トレーニングを含めたプログラムを提供しました。雑談タイムやブレークアウトルームを設けることで、参加者同士のつながりを生み出し、運動の継続につなげることができました。しかも参加者全員が筋力アップを実現しました。
この教室では、「ノルマなし」「できるところまで」を基本原則とし、無理をせず、継続可能な運動習慣を育むことができました。関節の痛みなどが出たら中止、飽きがこないような工夫をしましたが、実際には筋力が高まる効果を実感することがモチベーションの維持につながることがわかりました。
【運動を続けるための工夫】
継続の鍵は、「楽しさ」「仲間」「挑戦」「実感」です。記録を取る、成果を感じる、仲間と励まし合う、適度な負荷をかけるなど、運動を生活の一部に組み込む工夫が必要になります。筋トレはずっと続ける必要があると信じている方が多くいらっしゃいますが、2~3ヶ月続けたら1ヶ月休むなど、メリハリをつけることで、燃え尽きを防ぎながら長く続けることが可能となることもわかっています。「楽しい」要素は不可欠です。
【結び】
ハーバード大学が行った長期追跡研究が示すように、人間を健康に幸福にする最大の要因は「良好な人間関係」です。運動を通じて人とつながることが、身体だけでなく心の健康にも寄与します。私は、今後も「動ける社会」「つながる社会」の実現に向けて、教育・研究・実践の三位一体で取り組んでいきたいと考えています。