第43回湘友会セミナー報告

テーマ: 「私は経済学をこう考える~リーマンショックを米国で経験して」
講師: 金木 正夫氏 (53回生) ハーバード大学医学部准教授
日時: 2016年 7月23日(土)
    13時~14時 米国留学 質問・相談会、14時~16時 講演会
場所: 湘南高校 歴史館スタジオ

本セミナーの冒頭、講師の金木さんについてクラスメイトの前川さんが「陸上部でハンマー投げをやっていて、サブトラックで黙々と練習していたという印象が強いです。腕っ節が強くて騎馬戦では上に乗って先頭を切って相手に向かっていったり、修学旅行では宿を抜け出し買い出しに行ってくれたりと面倒見もよくて・・・」と紹介。東京大学医学部卒で現在の肩書は「ハーバード大学医学部准教授、マッサチューセッツ総合病院 麻酔・集中治療学・疼痛医学講座 細胞内情報伝達研究室ディレクター」と聞くと、スマートなスーパーエリートを想起されるかもしれませんが、陸上部で鍛え上げたがっちりした身体で「気は優しくて力持ち」というキャラなのです。

その金木さんが本講演会のテーマとしたのが本業の医学ではなく経済。なぜ経済に取り組むことになったのでしょうか?

金木さんは、米国での研究活動について、実態は「零細企業のオヤジ見習い」だと言います。金策 (研究予算確保)、雇用確保 (研究員の採用・処遇)、経費管理等一切を自分でやらねばならないからです。

米国で自転車操業状態ながらなんとかやりくりして研究を続けていた金木さんは2008年9月15日に勃発したリーマンショックに翻弄されます。研究費はメール1本で削減されました。周辺でも例えば大学病院において即当月にリストラが行われるなど、状況は一気に悪化。それまで全く興味がなかった株価の回復を神に祈ったほどでした。

その後、政府による税金投入による銀行救済策等によって株価は持ち直すのですが、これほどまでに研究活動に深刻な影響を与えたものの正体を見極めようと独自に勉強を始めたわけです。

 本講演ではその成果、アダム・スミスからピケティ、見えざる手からロックインまで経済理論や事象といった材料を幅広に取り揃え、金木流に見事に料理してくれました。その手さばきはやはり本業の医学にあったのです。ここで本業の研究内容を簡単に紹介しておきます。

生命にとって大事なことは恒常性を維持すること。健康体においては例えば何かが異常に増えたりすると負のフィードバックが働き元の状態に戻る。これに対し正のフィードバックが過度に働くと増殖し続け病気になる。金木さんの研究は正のフィードバックのメカニズムを解明することで病気治療に役立てようとするものなのです。

金木さんが捉えた現代の経済は、強い正のフィードバックが働き、一部の企業が一人勝ちしていたり、お金が適切に循環せずにキャピタルゲインを目的に過度に溜め込まれていたりという状態で、決して健康とはいえないと診断。
「できるだけ‘見えざる手’がよく働くようにするべきだ!安定した低成長を目標にすべきではないか?!」と提案します。

市場経済において負のフィードバック (収益逓減・ 効用逓減) が働くこと、個々人の自己利益の追求の結果、「見えざる手」による調整機能が働いて、社会全体では最適な資源配分がもたらされていることが望ましいと考えるからです。それは生命体の健康維持メカニズムそのものとも言えるでしょう。

「見えざる手」がうまく働かないのは、市場のルールが一部のものに都合よく牛耳られていたり政治が理不尽に介入したりと自由な競争市場となっていないからとも批判。湘南高校の自由な校風のすばらしさを繰り返し述べていた金木さんらしい重みのあるメッセージを放擲してくれました。
 

さて本講演の前には主として現役湘南高校生を対象に米国留学等についての質疑応答の時間が設けられていました。米国の大学や大学院のことなど様々な質問に丁寧に答えていましたが、いくつか印象的なものを紹介いたします。

米国での留学や研究に要とされる英語力についての質問に対して、大事なのは「言語能力=国語力」とアドバイス。微妙な表現力が必要とされるからであり、国語能力を鍛えておくのが望ましいと。
とはいえ、従来日本人は英語について「読み書きは得意だけれど会話が苦手」と言われていたが、金木さんの実感では「読み書きも他国の学生さんに劣っているように思える。読み書きの基本である文法の勉強を頑張るように!」と激を飛ばしていました。
 
最後に湘南高校で得た大切なものは「自由」と「限界への挑戦」と述べていたことを付記しておきます。陸上部で「限界挑戦シリーズ」と呼ばれていた百メーター50本ダッシュとか身体の限界に挑んだ経験から、今でも自分に「限界に挑戦しているか」問うているとのことでした。現役生への応援メッセージではありましたが、もうまもなく還暦を迎える世代のクラスメイトとしてまだまだ頑張ろうと元気づけられました。

(53回生、33組同級生 長坂浩一)