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2017.10.19

第57回 湘友会セミナー報告

日時: 平成29年 9月 2日(土) 14:00~16:00
場所: 湘南高校 歴史館
テーマ: 私が運転免許を返納する日

講師: 赤松幹之 湘南高校49回生
所属 産業技術総合研究所自動車ヒューマンファクター研究センター首席研究員
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講師の赤松幹之さんは、この報告書を作成した私 (50回生 坂井) の 1年先輩であり、当時 (高校時代) の物理無線部ラジコン班の 1年先輩にもあたります。 赤松さんの専門分野は、人間工学ですが、赤松さんは、その専門分野を国の研究機関である産業技術総合研究所筑波大学およびトヨタ自動車など民間の企業の中で活かされ今に至っています。
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【人間工学とは】
人間工学なるものを定義すると、「ヒトの特性に適合した製品やシステムを作るための技術」となりますが、これは、人の特性を知った上で、それを使い製品やシステムを設計することになります。使う側の人間の特性を優先せずに、技術や性能を優先して設計やデザインをしてしまうと、簡単な例で言うと、カッコは良いが運転しづらい自動車のようなものが出来上がってしまいます。
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【自動車ヒューマンファクター研究センター と 自動運転】
赤松さんが所属している組織に関して説明していただきました。アメリカ・EC各国および日本では、最近、自動車の自動運転が注目されていますが、その研究は、50年以上前から綿々と行われてきたことを改めて知りました。また、自動車のハードウェアそのものだけではなく、自動車を走らせる環境を科学的に理解する必要性や自動運転の定義とそのレベルについても説明がありました。 これらは、「ヒトにとって自動運転とはいかなるものなのか?」を考える際に重要であり、それは以下の話題へと引き継がれます。
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【自動運転って何が出来て、何ができないの ?】
次に、自動車の自動運転とそれにかかわるヒトとの関係へと話が展開されました。説明していただいた内容は以下のとおりです。どの内容も実際に自動車を「自動で」または「半自動で」走らせるためには、正しく定義をしておかなければならない項目ばかりです。

  • 現在実用化され市販されている、部分的な自動運転機能に関する説明
  • 走りながら ヒトと自動車との間で運転機能を自在に切り替えることができるのか?
  • 完全な自動運転に頼って自動車を走らせている状況から、ヒトは自動車から運転を引き継ぐことができるのか?
  • 自動運転の自動車は、周りの環境と仲良く共存することができるのか?
  • 自動運転は、本当に楽しいのか?

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【高齢ドライバーの増加と事故の関係について】
自動車を運転するヒトが歳をとってくると、どのような問題が起こるのか? が、次の話題です。このような内容も人間工学と自動車という関係の中で取り扱う問題となります。実際に名古屋大学により収集されたドライブレコーダーの状況が、紹介されましたが、改めて見てみると、どうしてこんなことになるのだろう? と考えさせられる内容ばかりです。しかし、どの情報も実際に発生した高齢者の事例なので、ノンフィクションの迫力がありました。

  • 見ているつもりでも見えていない という 実際のヒヤリハット事例
  • 加齢により、操作が的確にできなくなる
  • 同時に 2つのことができなくなる
  • 夜間に弱い

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まとめ
セミナーのそれぞれの説明内容と話の進め方は、その道のプロフェッショナルを対象にした内容が下敷きになっています。従って、自動車の技術関係の仕事をしている一部のセミナー参加者にとっては、非常に内容の濃い講義となりましたが、一般のセミナー参加者から見た場合は、個々の話はわかるけど、全体として個々の話がどのように結びついているのかが少々分かりにくかったかもしれません。

P.S. 私にも運転免許を返納する日がくるのかな ? おそらく来ないでしょう。

(文責 50回生 坂井一敏)

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2017.10.07

第60回 湘友会セミナーのご案内

  • 日時: 2017年12月 2日(土) 13:30 ~ 15:30
  • 場所: 湘南高校 歴史館 スタジオ
  • テーマ: サファリ (旅) と俳句 (1964年の東京オリンピックに触発されて…)
  • 講師:  内藤 洋治 氏 (36回生) 俳号:霧野 萬地郎
  • 対象: 湘南高校 卒業生、在校生、教職員
  • 参加費: 無料
  • 事前申込: 不要

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【講演内容】
1964年の東京オリンピックではバイトで、次いで行われたパラリンピックではボランティアで、選手村に選手・役員輸送の運転手として出入りし、そこで世界の多様性を目の当たりにしました。

海外勤務地はタンザニアで 5年間、その後の米国で13年間、その間の出張も含めて、仕事場は概ね海外でした。退職後も旅を楽しんでいます。サファリはスワヒリ語で「」を意味します。

旅の印象を17音で表現して俳句を楽しむ。また、それを推敲することで、印象が深まる。直接、肌で感じた事をどれだけ表現できるかを真面目にやってきました。

芭蕉は旅を通じて、その土地がそれぞれに持つ多様性を五感で体験しました。今では地球規模でその体験ができます。俳句はサファリ(旅)を楽しむツールです。

幾つかのサファリ(旅)を俳句と写真で紹介します。その土地、その時の空気を感じ取って頂けたらと思います。

タンザニア、ラオス、ギアナ高地、ボルネオ島、エルサレム、パレスチナ、ペトラ遺跡 等

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【略歴・句歴】
1964年 慶応大学工学部在学中に東京オリンピック、パラリンピックの選手村で運転手
1971年 松下電器(現 Panasonic):ウガンダにてラジオ工場の技術指導
1972~77年 タンザニア勤務:ラジオ工場の立ち上げと運営
1978~92年 米国勤務:音響機器とセルラー電話など情報通信機器の営業
2001年~ Panasonic社を退職。以降、年に 2回の海外自由旅行
2002年 句集『サファリ』を上梓(海外詠のみ399句)
2011年~俳句誌『波』編集部長 現代俳句協会会員
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【講師HP】
霧野 萬地郎さんのホームページ

2017.08.20

第56回湘友会セミナー報告

・日 時: 平成29年8月12日 (土) 13時半~15時
・場 所: 湘南高校 多目的ホール
・テーマ: Jリーグ設立とは何だったのか?
~銀行勤務から(後先考えず)Jリーグに転職してしまった男が体験したカオス~
・講 師: 篠塚 毅氏 (54回生、サッカー部OB、株式会社エス・ティ・エンタープライズ代表取締役)
・協 力: サッカー部OB会

【講師プロフィール】
54回生 篠塚 毅 (シノヅカ ツヨシ) 1960年生まれ、サッカー部主将
(県新人戦3位、インターハイ県予選3位、全国高校選手権県予選準決勝敗退)
1984年 三和銀行 (現三菱東京UFJ銀行) 入行
(国内2支店を経て、米国・ニューヨーク勤務)
1992年 社団法人 (現公益社団法人) 日本プロサッカーリーグ (Jリーグ) 入社
(初代事業部長として放送権、協賛権、商品化権の企画・販売を担当)
1996年 株式会社エス・ティ・エンタープライズ 代表取締役
(Jリーグクラブ=VF甲府・S鳥栖・大宮A=の経営アドバイザー、2002日韓W杯キャンプ誘致活動、ラグビートップリーグ設立、バスケットJBL設立等に従事)

【内容要旨】
Jリーグ事務局に在籍したのは、4年2ケ月であった。1992年2月、31歳の時、Jリーグの開幕の1年2ケ月前事務局に転職した。銀行では海外勤務のエリート社員だったが、サッカーに貢献するチャンスはJリーグ立ち上げの今だと決意した。

ところが、プライドを持って行った先は、わずか4人の事務局員の小さな所帯。日本リーグ終了時には数名が合流するとはいえ、これでプロスポーツが運営できるかと心配になった。しかも職員は、サッカー選手上がりばかり。サッカー選手としての評価が最初にありきで大きくカルチャーが異なった。仕事は議事録づくりなどが大半で、夢見た内容とは違い、最初の挫折に直面する。

仕事を継続するうちにいくつか、今までの自分になかったものに気づかされる。選手たちの目的意識は、未来のサッカーを自分が背負うという高いレベルであった。三浦知良選手は常に「子供たちの夢をかなえる」と発言し、お金のためだけにやっているわけではなかった。

この組織では銀行と異なる仕事のやり方が求められた。「失敗はするもので、失敗してどうするかが面白い」といったやり方で、仕事を進める同僚がいた。ベンチャービジネスの経験者で、新規ビジネスを立ち上げるためには、自身の判断で物事を進める方法論を持ち、どんどん仕事を進めていった。また、当時から川渕三郎氏のワンマン経営で、朝令暮改的な事例が頻発していたことは外部でも知られていたが、こうした事にも、柔軟に対応しフォローするやり方を学んだ。

Jリーグの構想は、開始の数年前から温められており、表舞台にはでてきていないが、長沼健日本サッカー協会会長(当時)らが積み重ねてきたものを、小倉純二氏(現最高顧問)らが黒子に徹しながら進めていた。最後に、川渕三郎氏が表に立ってJリーグの発足当時は成功に導いた。その構想は、プロリーグの創設、W杯を誘致しスタジアム建設を促進する、totoを開始し建設資金をバックアップするという3つの要素からなるものであった。

Jリーグの開幕時点で、事業部長となった。そして、Jリーグ開幕2年目に最大級の危機がスタジアムの問題として現れた。日本リーグ時代の芝グランドは雨が降ると使い物にならなかった。これを改善するため、Jリーグ規約に「芝は常緑芝」と入れた。これに従って、三ツ沢球技場では、1994年に水はけを含めた全面的な芝の張替えを行った。8月初旬からグランドを使用開始したが、芝が根付かなかったため、芝生が跳ね上がる状況となり、使用不能となった。急遽、福岡ドームのパレット式天然芝を購入し敷き詰めて根付かせるという工事を行い、応急措置とし間に合わせた。他競技場の使用などは不可能な状況下で、芝の確保ができ、広島アジア大会で1ケ月の工期が確保できたことなので、困難を乗り切った。

1996年3月、開幕後3年経過し、スポンサーの更新契約などもうまく運び、一段落したところで、退職を決意した。退職後に、数々のことに気づくこととなった。本当のパートナーは、メディア、スポンサーをはじめ、現場で苦楽をともにした人々の存在であり、その後の仕事でも信頼がある中で協力関係が継続している。失敗から学び、立ち向かう姿勢は大切で、逃げないスタンスが先々の信頼につながる。外からみて初めて自分の姿を知ることができた。

プロとは何かを改めて考えるようになり、プロとは「基準の置き方」であるという結論に達した。プロ選手は、ファン、メディア、スポンサーが持つ基準をクリアすることが必要である。70年代~80年代のプロスポーツ、例えば、ゴルフのマスターズ・トーナメント、アメリカン・フットボールのニューヨーク・ジャイアンツは、シーズンチケットと放映権料でスポーツ事業を成立させていた。当時の写真で、広告看板がないことに改めて驚く。ファンとメディアという2大要素が、プロ化の基本である。これにスポンサーをどう加えるかを考える。

Jリーグは25年になるが、2006年のドイツ・ワールドカップで期待されながら惨敗したことで、停滞期に入ってしまった。今年からDAZNが参入したことで、50~60億だった放映権料が200億に増加。チームへの分配金が大きく増えるので、海外選手をとることができ、状況が変わる可能性がでてきた。

 <文責: 48回生 関 佳史>

 

2017.08.19

第55回湘友会セミナー報告

・日 時: 2017年 7月29日 (土) 14時~16時
・場 所: 湘南高校 歴史館スタジオ
・テーマ: 「徒然草」で楽に生きる
・講 師: 山田 (森重) 喜美子(全45回生)

<内容要旨>
40人もの方々にご来場いただいたことに、まずは御礼申し上げます。
「徒然草」とその作者兼好法師について、以下の5つのテーマに沿ってお話をいたしました。

1) 「徒然草」の著者である兼好は、どんな人物であったか

生没年ともに未詳で、1183年頃?~1252年8月まで生存確認できるというのが、現在知られているところです。当時の貴族階級の下層に属し、鎌倉(及び現在の横浜市金沢八景)に京都から2、3回来て、数ヶ月から1年近く滞在し、鎌倉武士とも交流がありました。30歳前後で出家し、歌僧として京都宮廷の上層部とも面識があり、また南北朝期には足利尊氏とその側近高師直ともつながりを持っていました。
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2) 人気が出たのは江戸時代

「徒然草」は写本で伝えられ、一部の歌人や連歌師に読まれていたようですが、江戸時代になって出版ビジネスが成立して、1613年に印刷・出版され、一般に広まりました。この頃は他にも「源氏物語」「枕草子」「伊勢物語」等々、古典文学が続々と出版され、大衆にも広がる機運があり、「徒然草」も当時の文人たちが注釈書を次々と出したことで一般人に読みやすくなりました。
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3) 「徒然草」の主なテーマ

兼好は多岐にわたって、さまざまな事柄や話題を採り上げていますが、大ざっぱにまとめると、人・欲・死という3つのテーマになろうかと思います。「人」というのは、社会で生きていくうえでの人付合い、世間への対処法ということで、兼好は「勝とうとするな、負けないようにしろ」と言い、世間に対しては「口数を少なくしろ、余計なことをしゃべり散らすのは賤しい」と言い、世間の噂はほとんどが嘘だから、慎重に対処しろと言います。

また、「欲」について、生きていくうえで必要なのは、餓えず凍えず雨露をしのぐこととし、しかし人は病気をするものだから、衣食住に薬があれば、それで充分だと言っています。この4つの物以上を望むのは贅沢である、と。

最後に、兼好が最も力を入れて書いているのは「死」についてです。人は必ず死ぬものですが、いつ死ぬかは予知できません。彼は、「死は向こうからやってくるのではなく、いつのまにか背後に迫って、いきなり後ろ首をつかむ」と言っています。そして、「この世は予め決まったことはない。この世はあてにならないと思っていればまちがいない」という結論に至ります。
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4) 「徒然草」の文章の特徴

江戸時代から今日まで一般に親しまれたのは、その文章の歯切れの良さにも起因しています。また、章段の始まりに、まず結論や問題提起が短文で掲げられることも多いので、つまりキャッチコピーが上手と言えます。たとえば、22段「何事も古き世のみぞ慕はしき(昔は良かった)」、142段「心なしと見ゆる者もよき一言いふものなり」などなど。

いわゆる箴言、アフォリズムと言えそうな文句が多く、今でもパーティーや集会でスピーチを求められた時に使えそうな言葉が次々に見つかります。
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5) 兼好の物の見方

多くの場面でうまく使える文句が多いとはいうものの、「徒然草」がいわゆるハウツー物や人生指南書と一線を画すのは、一つのテーマについて一方的に決めつけることがない点です。物事を必ず両面から見る。一つのテーマを相対的に考察するという態度が顕著です。たいした用もないのに他人を訪問するなと言いながら、とは言え、暇な時にふらっと友人が来て話しこんで帰るのは嬉しいとも言います (170段)。また酒飲みの醜態を描いて非難したかと思えば、雪月花の折に気の合う同志で飲む酒などは格別とも言います (175段)。

理屈っぽいなかにも、一方的に意見を押しつけるのではないところに、「徒然草」が長く人気を保つ秘密があるのでしょう。

山田 喜美子 (全45回生)

以上
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2017.07.18

第57回 湘友会セミナーのご案内

  • 日時: 2017年 9月 2日(土) 14:00開始 16:00終了予定
  • 場所: 湘南高校 歴史館
  • テーマ: 私が運兼免許を返納する日
  • 講師:  赤松幹之氏 (49回生)
  • 対象: 湘南高校 卒業生、在校生、教職員
  • 参加費: 無料
  • 事前申込: 不要

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【講演内容】

 ☞ 私の専門分野について
 ☞ 人間工学とは
 ☞ 自動車の運転と知覚
 ☞ 自動運転の現状と未来
 ☞ 私が運転免許を返納する日
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【講師プロフィール】

赤松 幹之 (あかまつ もとゆき) 49回生
物理無線部 OB
産業技術総合研究所 自動車ヒューマンファクター研究センター 主席研究員
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【講師より】

私は、自動車の運転が大好きです。自ら自動車という機械を運転するという行為は 「喜び」や 「楽しみ」 が伴う行為ですが、そんな私も、永遠に自動車を運転できる訳ではありません。

私は、いつまで自動車を運転することができるのでしょうか ? 自動車に全てを任せて目的地まで私を連れて行ってくれる日は来るのでしょうか ?

私が、仕事としてかかわってきた人間工学ヒューマンエラーの研究は、今や自動運転という近い将来実現するべき大きな開発テーマの中の一分野となっており、私自身も、仕事としてかかわっています。

自らの研究テーマと個人的な楽しみとしての「運転」という行為が相互に関係しあい、近い将来、私自身の肉体の衰えを機械が全てカバーしてくれる日が来るかもしれません。

自動運転開発現場の最新事情と合わせて、「私が運転免許を返納する日」について皆さんと共にディスカッションしたいと思います。

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