第63回湘友会セミナー報告 「目からウロコの身体技法」

「奪われた身体を取り返す」
~ 淺川俊彦君(全57回)「目からウロコの身体技法」に参加して~

2018年3月31日、歴史館スタジオで東京大学教育学部附属中等教育学校保健体育科教諭・淺川俊彦君(全57回)を招いてセミナーが開催された。演題は「目からウロコの身体技法~スポーツ・健康の常識、くつがえります」。淺川君のプロフィールについてはセミナーの案内に詳しいのでぜひそれもお読みいただきたいが、私なりの言葉で乱暴にまとめてしまうと、淺川君は近代国家が身体におよぼしてきた暴力的矯正の呪縛を解き、よりしなやかで無理のない身体の動きを追求し、その分野での第一人者となっている。その導きの糸となってきたのは、ひとつは日本の伝統的な身体作法であり、もうひとつは淺川君が演劇や教育実践の中で培ってきた「他者と響き合う身体」ともいうべき、近代の機械的身体観とはまったく異なる身体観である。

セミナーでおこなわれた数々の参加型ワークを実際にやってみると、私たちが学校体育やクラブ活動などで強いられてきた「根性主義」的な身体の動きが、いかに身体に本来そなわっている自然な動きを殺してしまっているかがよくわかった。たとえば、腹に力を入れ、つま先を平行にして「踏ん張る」姿勢は、外から押される力に強そうに見えるが、これが意外にもちょっとつつかれるだけでふらついてしまう。ところが、膝を少し外側に開き(股関節の外旋)、手は「お控えなすって」の形(肩関節の外旋)にし、息を「パッ」とはくだけで、さきほどと同じ力で押されてもビクともしない。

また、立った状態で腕相撲をするとき、安定しない全身を力で無理やり制御しようとするのではなく、膝を抜く(抜重)ことで自然に発生する「地面反力」によってたやすく勝つことができるというワーク、箸と茶碗を伝統的な食事作法にしたがって持つと、肩関節の内旋と外旋の切り替えによって身体がリラックスしつつ安定することを実感するワークなどによって、日常生活ではまったく意識していなかった身体の潜在能力が、参加者の生身の身体をとおして次々と顕在化していく。参加者はみな、身体の不思議に驚嘆の声をあげながら、楽しいワークの時間を過ごした。

私たちがこのような身体能力を「不思議」と思うのは、現代的なパソコン、スマホ、通勤、ビジネス、社交といった生活がいかに本来の身体能力を奪い、そのストレスさえも「根性」で圧殺していく身体の使い方がいかに身についてしまっているかを示している。しかし私たちはこの身体能力をただ不思議がっていただけではない。淺川君という魔術師がオカルト的な能力を使って引き出したわけではないからだ。淺川君によって示された私たちの潜在的身体能力は、人間の歴史と知恵にしっかりと根を張った「合理的」なものとして、参加者を深く納得させたのである。それは淺川君が、武術、民俗舞踊、礼儀作法から、歴史資料に見る いにしえの人々の日常の立ち居振る舞いにいたるまで、伝統的な身体技法の詳細な調査をふまえ、それが身体の生物学的な構造に合致し、理にかなっていることを非常にわかりやすく説明してくれたからである。

もうひとつ、淺川君から学ぶべきことは、このような身体能力が、敵を打ち倒すことや競争を勝ち抜くことによってもたらされるのではなく、人と真摯に関わり、礼節を重んじ、感謝の念を持って人と接するような身体の構えと密接な関係を持っているということである。スポーツで勝利し、健康に生きるだけの身体ではなく、人と関わり、協力し、平和を作り出し、自然と調和する身体の動きにおいてこそ、人間がもっとも力を発揮するというヴィジョンが、淺川君の話全体からくっきりと浮かび上がった。

さらに淺川君は、現代の世界トップ・レベルのアスリートたちが、超人的な努力と根性で勝っているのではなく、じつは自然の力を利用した伝統的身体技法を身につけていることを示して、私たちに勇気を与えた。「そんなにきちんとしようとするのはやめて、力を抜こう」と。こうして、淺川君の「目からウロコの身体技法」によって、目からだけでなく、骨からも筋肉からも、そして心からも大量のウロコが取れたのだった。

輪島達郎 (全57回生)