第84回湘友会セミナー報告「成人期の発達障害」

日時 : 令和元年 12月14日(土) 13時30分 ~ 15時30分
場所 : 湘南高校歴史館スタジオ
テーマ : 成人期の発達障害
講師 : 岩波 明 氏 (52回生)

岩波明氏は東京大学医学部を1985年に卒業後、東大病院精神科、東京都立松沢病院、埼玉医大精神科などに勤務。2012年より昭和大学医学部精神医学講座教授、2015年より昭和大学附属烏山病院長を併任されている。
主な著書に、『発達障害』(文春新書)、『発達障害と天才』(文春新書)、『名作の中の病』(新潮社)、『うつ病』(ちくま新書)、『狂気という隣人』(新潮文庫)など多数、訳書に『内因性精神病の分類』(監訳 医学書院)などがある。

今回のセミナーのテーマ「成人期の発達障害」は、現代社会に於いてとても関心が高い。数多くの著作を通して精神科医療の取組と課題を広く社会に発信し、この分野の第一線で活躍する岩波明氏が講演した。セミナーが始まると、岩波明氏が自ら開設した他の医療施設にはない「大人を中心にした発達障害の専門外来」の実績が紹介され、来院した患者さん達の健康回復のエピソードの数々が、わかりやすく紹介された。また、幾つかの著書で紹介されている「著名人や天才、物語の主人公に見られる精神医学的に興味深い性格や行動」の解説がセミナーの随所で引用されて、このテーマに関心が深い参加者へ考えるヒントを提供した。

その分析に引き込まれて、セミナー受講者が『それでは性格なのか疾病なのか』と思うほどになると、岩波明氏はセミナーの冒頭でも述べられた『発達障害という病名はない』と解説を続けた。「大人を中心にした発達障害の専門外来」では現代社会の中で「会社の品質管理や賃金格差、さらに働き方改革などの中で順応できない方々」、また「働きづらい人達」、そしてこれらの為に「社会人の振る舞いを上手く出来ない人達」から精神科医として相談を受けることが数多くあるという。それは間違いなく新たな社会現象であるようだ。また学校に目を転じると「いじめ」「不登校」「ひきこもり」は、そこに至ってしまった要因と解決の糸口を個人個人について探さずに、ひとくくりに「発達障害」として見られてしまう、反
省すべき社会のマイナスの一面が鋭く指摘された。つまりこれらには、不幸にして精神科の疾病に陥る前に、健康であり続けることのできる生活環境の大切さと、家族や友人にとどまらない社会や職場環境の在り方が問われている。また、わからない対人関係を「発達障害」として諦めてはいけないという、社会の根幹に関わる課題があったことにセミナー参加者は、あらためて気づかされた。

岩波明氏から「発達障害」に該当すると思われる精神科の病名としてはASD(自閉症スペクトラム障害)やADHD(注意欠如多動性障害)があげられたが、これらは決して「知的障害」ではないという。そして総称に過ぎない「発達障害」として社会の出来事を片付けることなく、精神科医として医療の課題として捉えなおすという、岩波明氏の強靭な意思をセミナー受講者は静かに感じ取った。例えば『ADHDの治療過程では、①自分自身のADHDによる行動を理解し、②その行動特性を肯定的に受け入れて、➂その行動特性を変化させるために立ち向かう気持ちをもつことが、治療において大事である。・・・それは「だらしがない」「真剣に物事に取り組もうとしない」と言われる本人の「やる気」の問題ではなくADHDという疾病によるものであることを正しく認識することで、仕事や人生への取り組み方に大きな変化が生じる。これは本人だけではなく、周囲や家族の問題でもあり、家族がADHDを理解することによって、本人の受けるストレスが減り、精神状態が安定する症例も多い』という。セミナーを通して医師が患者に向き合う「心」に応える、患者が疾病治癒へ立ち向かう「心」が非常に貴い事に気づかされた。

岩波明氏は、精神科医療の事柄とされてしまうこれらの課題は、本来的には「脳の仕組み」「心の仕組み」「感情の仕組み」が分からなければ、決して解明できるものではないと述べたが、一方で、現在の精神科の薬剤は良く効き、治癒効果と共に実生活での長期服用でも安全性がとても高くなったという。精神科医療の取組と、製薬の研究成果が相乗効果をなして疾病が治癒されるという、素晴らしい朗報に受講者は静かに感謝した。

会場からは「ニュースで報道される事故や犯罪に、当事者が「発達障害」であると報じられる」ことに関する質疑がされて、この視点からも社会的な関心が非常に高いことを再確認した。

セミナー参加者は、岩波明氏から示唆を受けた「成人期の発達障害」をとりまく医学と薬学に頼る前の多岐にわたる社会の課題に再び気づかされた。見えづらい「心」の病に陥る前に健康な「心」であり続けることの大切さと、「心」を取り巻く社会生活と環境の取り組みの向上の大切さを確認した。そして精神科医療の様々な課題に果敢に挑戦し、広く社会に発信する岩波明氏の真摯な姿勢に共感し、社会に開かれた健全な精神科医療が、よりよく進展することを切に願い、セミナーは期待を新たに終了した。